【解説】明治以来初めての大改正!! 担当者が知っておくべき民法改正のポイント
(くまがい・のりかず 弁護士)
- KEYWORD
- 民法改正、物権法、契約、約款
- 対 象
- 公益法人・一般法人
明治29年(1896年)の制定以来120年ぶりに大幅な改正が行われることになった民法ー。200項目以上にわたる改正事項の中から要点を絞って解説する。
はじめに
既に各種メディアで報道されているとおり、現在開会中の第189回通常国会に「民法の一部を改正する法律案」が提出されている。この民法改正は、民法典のうちの債権法分野及びそれに関連する条文を大幅に見直しの対象としているものであり、債権法分野の改正としては、明治時代に民法が制定されて以来の大改正である。
もっとも、弁護士その他の「士業」は別にして、私たちの日常の経済活動で民法を特別に意識しなくても支障がないのと同様、改正された民法の詳細を知っていないからといって日常の経済活動に大きな影響が及ぶことはない。したがって、公益・一般法人にとって民法改正が必須の知識であるとまではいえない(一般法人法の改正の方が知識としては重要であろう。)。ただ、紛争が生じた場合には、デフォルトルールとして民法の規律は重要な意味を持つ。「債権法」分野は、契約その他社会・経済生活全般に及ぶものであり、公益・一般法人にとっても無関係ではありえない。その意味では、リスク管理の観点からは、民法改正についてのある程度の知識はあった方がよい。
本稿は、200項目以上にわたる民法改正事項の中から、与えられた紙幅という制約の中で、公益・一般法人にも関係ある改正事項のうちの一部につき、簡単に解説するものである。
Ⅰ なぜ民法改正なのか
民法典は、取引のルールや所有権のルール等だけではなく、親族や相続等、私たちの生活全般に関わる様々な範囲に及ぶルールを定めている法典である。しかし、明治29年(1896年)に制定されて以来、第二次世界大戦後に親族・相続分野で大きな改正がなされたことを除き、物権・債権分野では大きな改正がなされてこなかった。
今回の民法改正は、①民法制定以来の社会・経済の変化への対応を図ることと、②国民一般に分かり易いものとすることを目的としている。①の観点からは、民法制定以来の120年間で社会・経済が大きく変化したことは明らかであり、現在の民法は対応しきれていないという問題がある。②の観点からは、120年も前に制定された法律なので、「解釈」という作業によって、条文には記載されていなくても法律専門家の間では共通の理解となっている原則や定義があって分かりにくいことや、判例によって形成されたルールが存在し、これも条文を読んだだけでは分からないという問題がある。民法、中でも契約に関わるルールは、国民の日常生活や経済活動に密接に関わりがある以上、法律についての基礎的な理解がある国民であれば、民法の条文を読めばルールが理解できるようにしておくことが必要であると考えられる。そこで、法務省の法制審議会で平成21年10月28日から民法の債権法分野の改正についての検討が始まり、本年3月31日に「民法の一部を改正する法律案」として国会に提出されるに至った。
Ⅱ 消滅時効についての改正
公益・一般法人が取引を行えば、取引の相手方との間で債権債務が発生する。役務提供を行ったり、奨学金を貸与するなどすれば、債権者の立場となる。また、金融機関から借入を行ったり、物品を購入して当該物品の引渡を受ければ、債務者の立場になる。
債権者が、一定の期間権利を行使しないでいると、消滅時効により、請求が認められなくなることがあることは知られている。現民法では、債権者が権利を行使することができる時から10年間行使しないと、債権は消滅するのが原則である。他方、例えば弁護士に対する債権は2年、飲食店に対する飲食料に関する債権(いわゆる「つけ」)は1年で消滅時効となるなど、職業別の短期消滅時効期間が定められている。
これが、改正民法では、現在の債権者が権利を行使することができる時から10年間行使しない場合に加え、債権者が「権利を行使することができることを知った時から5年間」行使しない場合も債権は消滅することとし、さらに、職業別の短期消滅時効の制度をなくして統一した。また、債権が生命身体の侵害による損害賠償請求権の場合は、上記「10年」を「20年」にする、すなわち、消滅時効期間は、「権利を行使することができる時から20年間」とされた。不法行為に基づく生命・身体を侵害した場合の損害賠償請求権の消滅時効についても、債務不履行に基づく生命・身体を侵害した場合と統一された。
【ポイント】
「○月○日」を期日とするような確定期限が付された債権は、現民法では、商事債権でなければ時効期間は期限から10年になるが、改正民法では、債権者は期限から債権を行使することができることを知っている以上、期限から5年で消滅時効が完成することになる。債権管理においては、要注意である。
Ⅲ 法定利率の改定
利息を生ずるような債権、例えば遅延損害金などにつき、契約で特段の定めをしていない場合には、法定利率が適用される。現民法では、商事債権でなければ、法定利率は年5%の固定金利とされている。しかし、昨今の金利状況に鑑みれば、法定利率が年5%であることは金利の実勢に適合していないうえ、固定金利にすることも必ずしも合理的ではない。
そこで、改正民法は、当初の法定利率を3%と定めたうえで、法定利率に3年ごとに見直しがなされる変動制を採り入れ、その計算方法を規定した。具体的には、次のとおりとなる。法務大臣は、3年を1期とする「基準割合」という数値を告示する。「基準割合」は、5年分(60か月分)の短期貸付金利の各月の平均利率の合計を60で割ったものを使う。法定利率が変更となった直近の期の「基準割合」と最新の「基準割合」とを比較して、その差が1%以上となった場合に、1%未満の端数を切り捨てて、法定利率にその差を加算又は減算する。例えば、民法改正の期の基準割合が1.7で、3年後の期の基準割合が0.6である場合には、3年後の方が1.1だけ低い。小数点以下を切り捨てると-1となるので、3年後の法定利率は3-1=2%となる。民法改正の期の基準割合が1.7で、3年後の期の基準割合が3.2である場合には、3年後の方が1.5だけ高くなっている。小数点以下を切り捨てると+1となるので、3年後の法定利率は3+1=4%になる。
【ポイント】
例えば、公益・一般法人の職員が業務中に、第三者に損害を与えた場合(自動車事故で怪我をさせた場合)、公益・一般法人は、使用者として第三者に対する損害賠償責任を追う。怪我の程度によっては、将来の収入を減収させることになるとして、逸失利益も賠償することになる。逸失利益については、将来の損害を現在賠償するので、それを運用した場合に得られるであろう中間利息が控除されることになっており、現在は中間利息を計算するために年5%の法定利率が使われている。これが3%になると、控除される中間利息が小さくなるため、賠償額が多くなる。したがって、そのようなことも念頭において、保険契約を締結することも必要になる。
Ⅳ 解除に関する規律の改正
債務者が債務の本旨に従った履行をしないときや債務の履行が不能である場合には、債権者は債務者に対して損害賠償請求をすることができる。この損害賠償請求は、債務不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものである場合には、することができない。つまり、不可抗力によって債務不履行となった場合には、債権者は債務者に対して損害賠償請求をすることができない。これは、現民法でも改正民法でも同じである。
ところで、債権者と債務者が相互に相手方に対する義務を負う契約を双務契約という。例えば、売買契約は、売主は目的物を引き渡す義務を負う債務者であると同時に、買主に対する代金請求権を有する債権者である。他方、買主は目的物引渡請求権を有する債権者であると同時に、代金を支払う義務を負う債務者である。代金決済の日に、売主が目的物を引き渡すことができず、それが不可抗力によらない限り、買主は売主に対して損害賠償請求(遅延損害金の請求)をすることができる。
さらに、目的物引渡請求権の債権者である買主は、売主に対して相当の期間を定めて履行を催告し、履行がなされなければ当該売買契約を解除することができる。解除すれば、買主も当該売買契約に拘束されなくなるので、別の売主と売買契約を締結することができるようになる。
このような契約の解除について、現民法では、条文の規定及び解釈によって、債権者は債務不履行が債務者の責めに帰すべき事由による場合にのみ解除できると解されている。つまり、債権者が損害賠償請求を行う場合と同様、債務者の責めに帰すことができないような事由(例えば不可抗力)による場合には、契約を解除することができないのが、現民法での解除である。しかし、この場合、例えば、大震災によって債務者が履行することができない場合には、債権者は損害賠償請求も契約解除もできず、したがって、他の売主と売買契約を締結することもできない(締結してもよいが、二重に支払いが生じる。)。このような状態は妥当とはいえないので、改正民法では、契約の解除に債務者の帰責事由を必要としないこととした。改正民法は、解除を債権者に対して当該契約からの解放を認めるための制度と捉え、債務者が大震災で履行が遅延したり、履行できなくなった場合で、損害賠償請求はできない場合であっても、解除事由があれば債務不履行による解除を認めることとした(ただし、債務不履行が債権者の責めに帰すべき事由による場合には、解除は認められない)。
【ポイント】
公益・一般法人が契約を締結している場合、解除の可能性が現民法以上に広くなったことに留意が必要である。
Ⅴ 根保証についての改正
一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約を根保証契約という。例えば、売主Aが買主Bに対し、売買基本契約に基づいて継続的に売買取引を行う場合には、売買取引の都度、BはAに対して代金支払債務を負う。この売買基本契約に基づくBの代金支払債務を主たる債務としてCがその履行を保証した場合には、売買取引という一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約であり、根保証契約である。また、賃貸借契約の賃借人の賃料債務を主たる債務として保証人が保証契約を締結する場合も、一定の範囲(賃貸借契約)に属する不特定の債務(毎月発生する賃料債務や修繕債務)を主たる債務とする保証契約であり、根保証契約である。
現民法は、根保証契約のうち、保証人が個人であり、主たる債務が貸金等の債務である場合に限り、一定のルールを設けている。これは、いわゆる商工ローン等の金融機関が、根保証を行った個人保証人に対し、厳しい取立て等を行ったことで社会問題化したために設けられたルールである。しかし、根保証契約である場合には、貸金等根保証契約に限らず、多額の保証債務の履行を求められるという問題があることは同じである。
そこで改正民法は、根保証契約のうち、保証人が法人でないものを、「個人根保証契約」といい、個人根保証契約では、根保証契約の保証人の責任は、根保証契約で定めた上限額である「極度額」を限度とすること、極度額を定めない根保証契約は無効であること、極度額の定めは、書面又は電磁的方法によらなければ無効であること等を定めることとした。
【ポイント】
公益・一般法人が例えば所有している土地や建物を第三者に賃貸し、賃料債務等について個人である連帯保証人との間で連帯保証契約を締結する場合には、本件ルールが直接に影響する。このような連帯保証契約は根保証契約でもあるので、極度額を書面で定めなければ、保証契約そのものが無効になる。極度額は金額で定めることになるので、例えば、賃料10万円の賃貸借契約について連帯保証人との間での根保証契約の「極度額」をどの程度の金額に設定するかは、悩ましいところとなる。建物が賃借人によって損傷された場合の損害賠償のことも考えると少額とはしづらく、だからといって、多額にすると個人の連帯保証人を付けることは困難になることも考えられる。
Ⅵ 保証人保護策についての改正
保証契約や連帯保証契約では、事業の運転資金に窮した経営者が、友人や親戚などの個人的な繋がりを頼って、事業用資金の借入債務につき、個人に保証契約・連帯保証契約を締結させることがある。もちろん、保証契約を締結するように頼まれた個人が冷静に与信状況を判断できればよいが、主債務者から「絶対に迷惑をかけないから」とか「名前だけだから」等と言われると、将来のリスクに自覚なく保証契約を締結してしまい、主債務者が返済に行き詰まり、保証人が保証債務の履行を迫られる悲劇が後を絶たない。
現民法には、個人が保証人・連帯保証人となることについて制限するような規定はない。貸金等債務を主たる債務とする根保証契約については、極度額の定めがなければ無効となる旨の規定(現民法465条の2)はあるが、個人が(連帯)保証人となることを制限する規定ではない。もともと、保証契約は、不動産等の物的担保を有していない債務者が借入れ等をする場合の信用を補う重要な手段であり、個人が保証人となることも社会経済的には有用である。他方で、保証人となる者が個人的情義によって、将来のリスクに無自覚に保証人となることによって生ずる生活破綻等の問題には対処する必要がある。
そこで改正民法は、個人が事業資金の借入等を主たる債務とする保証契約・根保証契約を締結する場合には、事前(契約締結前1か月以内)に、保証意思がある旨を記載した公正証書を作成することを原則とすることを規定した(改正民法465条の6第1項)。公証人の前で保証意思を明らかにするようにして、安易に保証契約を締結することを防止する趣旨である。公正証書による保証意思の確認は「原則」であるので、「例外」もある。例えば、主たる債務者が法人である場合の取締役や理事、過半数の議決権を有している者、主たる債務者が個人である場合の共同経営者や主たる債務者の事業に従事している配偶者が保証人となろうとする場合には、公正証書による保証意思の確認は必要ない。これらの者は、主たる債務者の経営内容を熟知しているので、特別な保護を必要としないと考えられるからである。
【ポイント】
公益・一般法人が金融機関から事業資金を短期・長期で借り入れる場合の保証人・連帯保証人についても同様である。保証人・連帯保証人が理事やこれに準ずる者等である場合には、事前の公正証書による保証意思の確認は不要である。他方、法人外の個人を保証人・連帯保証人にする場合には、事前の公正証書による保証意思の確認が必要になる。
Ⅶ 債権譲渡についての改正
債権者から、ある日突然、債権を○○株式会社に譲渡したので○○株式会社に返済するように求める内容証明郵便が送られてくる、ということが実務で起こることがある。もっとも債権が勝手に反社会的勢力に譲渡されて苛烈な取立てがなされるようなことを防ぐために、債権譲渡禁止特約を付しておく、ということも実務上はしばしばなされる。
債権譲渡禁止特約が付された債権が譲渡された場合について、現民法の下では、債権の譲受人が譲渡禁止特約について知っている場合には、当該債権譲渡は無効であると解されている。譲渡禁止特約があることを知っている譲受人は保護する必要がない、との判断である。しかし、債権の譲受けは、反社会勢力だけが行っているのではない。また、債権譲渡は資金調達の有力な手段でもあり、譲渡禁止特約があることを知っているだけで当然に債権譲渡そのものが無効であると解されるのは、妥当ではないとも考えられる。
そこで、改正民法は、①当事者が債権の譲渡を禁止し、又は制限する旨の意思表示等の「譲渡制限の意思表示」をしたときであっても、債権の譲渡は、その効力を妨げられない(改正民法466条2項)として、譲渡制限がある債権譲渡を有効としつつ、②譲渡制限の意思表示があることを知り、又は重大な過失によって知らなかった第三者に対しては、債務者は、その債務の履行を拒むことができること等(改正民法466条3項)を規定した。この改正により、債権譲渡禁止特約が債権譲渡による資金調達の支障となっている問題を解消するとともに、譲渡禁止特約について悪意・重過失ある譲受人から債務者を保護することとした。
他方、債権譲渡の対象となる債権が、預貯金債権である場合は、現民法と同じルールである。預貯金債権に譲渡禁止特約が付されていることはある種の常識であり、改正民法の下でも、預貯金債権の譲渡は現民法と同様、無効となる。これは金融機関の実務を踏まえた特則ということになる。
【ポイント】
公益・一般法人の立場で考えると、公益・一般法人が債務者である債権に譲渡禁止特約が付いている場合には、当該債権が譲渡されても、債権譲渡としては有効であるので、譲受人が債権者となる。しかし、譲受人が譲渡禁止特約を知っていた場合には、譲受人からの履行請求を拒むことができ、元の債権者(譲渡人)に履行することもできる。
もっとも、譲受人が譲渡禁止特約を知っていたかどうかは、債務者である公益・一般法人は容易には判明しない。そこで、新たに改正民法は、このような場合にも債務者は供託をすることができるようにしたので、公益・一般法人は供託をして債務を消滅させることができる。
Ⅷ 瑕疵担保責任に関する改正
例えば、事業拠点としてマンションの一室を購入したところ、引渡しを受けてから売買契約時点では知ることができなかったような不具合、例えば雨漏りをするような不具合が判明した場合、買主は売主に対して責任を追及することができる。現民法では、売主の「瑕疵担保責任」として、売主に対する損害賠償責任を追及することや、瑕疵によって契約を達成することができない場合には売買契約を解除することもできる。他方、売買契約に特約がなければ、瑕疵を修補することや代金の減額を請求する権利は認められていない。
もっとも、事業拠点として使用する建物の売買契約であれば、そもそも、売買契約で雨漏りをしないような建物が売買の目的であることが前提として合意されていたはずであり、したがって、雨漏りがある物件が引き渡されたのであれば、「瑕疵担保責任」という特別な責任が発生すると考える必要はなく、債務不履行責任が発生するとも考えられる。
そこで、改正民法は、「瑕疵」があった場合の責任という表現をやめ、「目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるとき」という「契約不適合」があった場合の責任という表現に変更した。具体的には、改正民法は、「契約不適合」があれば債権者は、修補等により履行の追完請求ができること、代金の減額請求ができること、債務不履行の場合の損害賠償請求ができること、さらに、解除の要件に従って契約解除ができることを規定した。
【ポイント】
公益・一般法人が事業拠点として使用するために購入したマンションに雨漏りを発生する不具合があれば、雨漏りをする不具合があるマンションを引き渡すことが契約の内容となっている場合を除き、公益・一般法人は、売主に対して契約不適合責任を追及することができる。このような場合、改正民法の一般的なルールの下では、公益・一般法人は、不具合を修理して契約に適合するマンションを引き渡すことを請求することもできるし、代金の減額を請求することもできる。また、契約不適合責任は債務不履行責任でもあるので、完全な履行がなされなければ、売主に対して損害賠償請求をすることもできる。この場合の損害賠償の範囲は、債務不履行と相当な因果関係がある全ての損害に及ぶので、不具合が存在しない前提で購入した金額と不具合が存在する場合の金額の差額だけではなく、例えば、雨漏りによって損害を受けた家財についても損害賠償の対象となる。
なお、売主が契約不適合責任を負わない旨の特約を付すことは、他の法律に制限がない限度で有効である(例えば、売主が宅地建物取引業者である場合には、引渡から2年間以上となる特約をする場合を除き、買主に不利な特約は宅地建物取引業法で無効とされる。)。
Ⅸ 敷金についての改正
現民法には、敷金や保証金についての規定はない。しかし、賃貸借契約の締結の際に、賃借人から賃貸人に対して、賃料滞納や損害賠償の担保として、敷金や保証金等の名称で金銭が交付されることが一般的である。したがって、その定義や効果などを民法に規定していた方が、法律関係が明確になる。
そこで、改正民法は、敷金の定義を「いかなる名義をもってするかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭」と定義した規定を設けることとした。契約上の名称が「敷金」であっても「保証金」であっても、「賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭」は、民法上は敷金として扱われることとなった。敷金はあくまでも賃借人の債務を担保する目的の金銭なので、賃貸人は、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。賃貸借契約が終了した場合に賃貸人が敷金を返還する時期については、改正民法は「賃貸物の返還を受けたとき」と規定した。したがって、賃貸人は、賃貸借契約の対象となっている物件を返還してもらってから、敷金を返還すればよい。現在でもそのように解されているが、改正民法により、条文で明確にされた。
【ポイント】
公益・一般法人がテナントとして入居しているビルの賃貸借契約でも同様である。敷金の返還義務を負うビルオーナーは、テナントが物件を明け渡した後に敷金を返還すればよい。テナント側で「敷金の返還と明け渡しは同時履行だ」と主張しても、敷金返還時期についての特約がない限り、テナント側の主張は認められない。
Ⅹ 原状回復義務について改正
賃貸借契約が終了して賃貸借契約の目的物を賃貸人に返還するにあたっては、賃借人は目的物に附属させたもの等があればそれを収去する義務を負い、さらに建物に損傷等を与えている場合には、原状回復義務を負う。ただ、現民法は、賃借人が建物に附属させたものにつき、賃貸借契約が終了した場合に収去する権利がある旨は規定しているものの、収去義務があるとは規定していない。したがって、賃借人の収去義務は、あくまでも解釈によって認められている。また、原状回復義務の範囲についても、民法は何も規定しておらず、最高裁の判例が基準を示しているので、実務上、その判例に従っているのが現在の状況である。
この点、改正民法は、①賃借人が賃借物を受け取った後に賃借物に附属させた物がある場合には、賃貸借が終了したときに、その附属させた物を収去する義務を負うこと、また、②賃借人は、その附属させた者を収去することができることを明文で規定した。さらに、改正民法は、③原状回復義務の範囲は、「賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。)」ということを条文に規定した。
【ポイント】
公益・一般法人がテナントを明け渡すにあたっては、特約がない限り、賃借物に附属させた物などは収去しなければならない。他方、オーナーが附属させた物を残置するように求めてきても、残置すべき義務はなく、収去することができる。原状回復については、通常の使用によって生じた損耗や経年劣化についてまで修繕する義務はない。なお、賃借人の原状回復義務の範囲を通常損耗分や経年劣化分にまで及ぶとする特約は、賃借人が負担すべき通常損耗や経年劣化の範囲が契約書に記載してあるなど、具体的に賃借人が認識していなければ無効であるというのが判例(最判平成17年12月16日)の考え方である。
まとめにかえて
今回の民法改正は、法務省で正式に検討を始めた時点を起点としても5年以上の時間をかけての大改正である。この議論の中では、最終的に委員の意見が集約できなかったために改正が見送られた事項も数多くある。見方によっては、改正が見送られた事項の方が、改正された事項よりも多いかもしれない。その意味では、民法改正がなされても、具体的な場面では、民法の条文に記載されていない内容を「解釈」しなければならない場面がなくなるわけでもない。
それでも、「国民一般に分かり易いものとするという目的」に適合しているか、という観点から見ると、現民法と比べれば、格段に「分かりやすい民法」になっていると評価することはできると考えられる。冒頭に記載したとおり、民法の「債権法」分野は、契約その他社会・経済生活全般に及ぶものであり、公益・一般法人にとっても無関係ではありえない。本稿が、皆様の民法改正に対する興味のきっかけになれば幸甚である。
[su_box title="執筆者Profile" style="soft" box_color="#4e4949" radius="2"]熊谷則一(くまがい・のりかず)
弁護士。建設省(当時)勤務を経て、平成6年に弁護士登録、平成19年に涼風法律事務所設立。著書に『一般財団法人・公益財団法人の評議員会Q&A』『一般社団法人・公益社団法人の社員総会Q&A』(全国公益法人協会)、『公益法人の基礎知識』(日本経済新聞出版社)他多数。[/su_box]
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