「新しい資本主義」と 公益法人制度改革

藤井秀樹
(ふじい・ひでき 金沢学院大学経済学部教授・理事・副学長・京都大学名誉教授)

 

 「新しい資本主義」。岸田内閣が2021年に掲げた経済政策である。公益法人関係者の間に、「『新しい資本主義』はもはや言葉のみが残っているのではないか」というような受けとめ方が存在することを最近知り(2023年「公益法人改革に関する実務者意識のアンケート調査」)、有り体にいえば、驚愕きょうがくした。
 「新しい資本主義」の要諦ようたいは「成長と分配の好循環」。簡単にいえば、「成長」によってパイを大きくし、大きくなったパイを社会で公平に「分配」することで、次の「成長」に繋げるということである。
 実は、このシナリオは、厚生経済学の教えを忠実に政策化したものにほかならない。厚生経済学の教えによれば、①競争均衡の追求を通して社会的富を最大化し、②最大化した社会的富を政策によって公平に分配することで、国民経済の効率性と公平性が調和的に達成されることになる。①を厚生経済学の第1基本定理といい、②を第2基本定理という。
 厚生経済学の基本定理が理想状態を想定したものであり、現実には達成不可能であることは、明らかである。しかし、そうした理想状態に近づけるには何を行うことが必要であり、かつまた可能であるかを議論することができる。つまりそれが政策論である。経済理論の役立ちとは、このような点にある。
 市場経済を前提とする限り、「成長と分配の好循環」は国や時代を超えた共通の政策課題であり、したがってそれをパッケージ化した「新しい資本主義」は、当該政策をどう呼ぶかは措くとして、「言葉のみが残っている」などとは決して評し得ない普遍性を有しているのである(トマ・ピケティ『21世紀の資本』参照)。
 さて本題である。2024年に公益法人制度の抜本的な改革が行われた。そのポイントは次の3つ。①財務規律の柔軟化、②行政手続の簡素化・合理化、③自律的ガバナンスの充実・透明性向上、である。その狙いは何かといえば、「新しい資本主義」のもとで市場だけでは解決できない社会的課題の解決に、公益法人の参加を促すことにある。換言すれば、「成長と分配の好循環」を下支えする経済社会的存在として、公益法人は位置づけられているのである。そのような理解が、どこまで公益法人関係者の間で共有されているのか。
 政府の経済政策を価値自由な立場から批判するのは、大切なことである。しかし、その批判が、経済学の基礎教養の欠如に由来するものであるとしたら、僭越せんえつながら、暗澹あんたんたる思いを禁じ得ない。

 

執筆者Profile
藤井秀樹(ふじい・ひでき)
日本公認会計士協会非営利組織会計検討会委員、公益法人会計検定試験監修者、元京都府公益認定等審議会会長、日本会計研究学会評議員・理事・学会賞審査委員長。(一財)全国公益支援協会特別顧問。主著に、『現代企業会計論』(日本会計研究学会太田・黒澤賞)、『制度変化の会計学』(国際会計研究学会賞、日本公認会計士協会学術賞)等。

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