カスハラ防止条例でどうなる? 公益・一般法人が押さえるべき努力義務と実際の対応策

向井 蘭
(むかい・らん 弁護士) 
目  次
Ⅰ はじめに Ⅱ 本条例の概要と「努力義務」の法的意義 Ⅲ 条例が示唆する具体的対応の方向性 Ⅳ 法人が講ずべき具体的な対策 Ⅴ 今後の展望と企業に求められる継続的取り組み Ⅵ おわりに

Ⅰ はじめに

 近年、顧客等からの著しい迷惑行為(以下、「カスタマーハラスメント」という)が深刻化し、従業員の心身の健康を害するだけでなく、企業の生産性低下やブランドイメージ毀損といった経営上の重要なリスクとなっています。従業員を保護し、健全な事業活動を継続するため、その対策は企業にとって喫緊の課題です。また、施設管理や窓口対応等を行い、顧客と接点を持つ公益・一般法人にも関連する話です。 こうした状況を踏まえ、東京都は全国に先駆けて「東京都顧客等からの著しい迷惑行為の防止等に関する条例」(以下、「本条例」という)を制定し、事業者に対し、カスタマーハラスメント防止のための措置を講じる「努力義務」を課しました(2025年4月1日施行)。
本稿では、本条例の法的意義を概説するとともに、公益・一般法人に求められる具体的な対応策について、実務上の留意点を交えながら解説します。 

Ⅱ 本条例の概要と「努力義務」の法的意義

1 本条例の目的

 本条例は、都・都民・事業者の責務を明らかにするとともに、相談体制の整備や啓発活動を通じて、カスタマーハラスメントのない社会の実現を目指すものです。主な目的として、以下の3つが挙げられます。①カスタマーハラスメントの定義と禁止の明確化②事業者の責務(従業員保護のための措置を講じる努力義務)の具体化③相談・支援体制の整備 

2 「努力義務」の法的位置づけと法人の責任

 本条例が法人に課すのは、罰則による直接的な強制力がない「努力義務」です。これは、業種や法人規模により対応可能な範囲が異なるため、一律の義務化が実態にそぐわないとの判断によるものです。 しかし、「努力義務」であっても、法人が何らの対策も講じなくてよいわけではありません。条例の趣旨を踏まえ、自らの状況に応じた最大限の対策を講じることが期待されています。法人が適切な対策を怠り、職員がカスタマーハラスメントの被害に遭った場合、労働契約法5条に定める安全配慮義務違反として、法的責任(損害賠償責任等)を問われるリスクが依然として存在します。
 本条例の制定は、法人がこの安全配慮義務を具体的に履行する上での指針となり得るとともに、法人に自主的かつ積極的な取組みを促す意義があります。 法律用語における「義務」が違反時に罰則等を伴う強行規定であるのに対し、「努力義務」は直接的な罰則はないものの、一定の行動を促し、期待するものです。努力義務の不履行は、民事訴訟等において企業の過失を評価する一要素となる可能性があり、決して軽視できません。

Ⅲ 条例が示唆する具体的対応の方向性

 本条例は、事業者が講ずるよう努めるべき措置として、以下の事項を例示しています。職員からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備被害を受けた職員への配慮及び就業環境が悪化することのないようにするための措置顧客等に対し、著しい迷惑行為を行ってはならない旨の周知啓発その事業に関して法人側が顧客等としてカスハラを行わないための必要な措置著しい迷惑行為の防止に資する国または他の地方公共団体の施策への協力   これらはあくまで例示であり、法人は自らの事業規模や業態、リスクの状況等を踏まえ、より具体的で実効性のある対策を主体的に検討・実施していく必要があります。 

Ⅳ 法人が講ずべき具体的な対策

 企業が取り組むべき具体的な対策について、次の3つの観点から解説します。 

1 内部規程・体制の整備

 組織としてカスタマーハラスメントを許容しない明確な方針を示し、それに基づいた具体的ルールを定めることが、実効性ある対策の基盤となります。 ⑴ 対応ポリシーの策定と周知 法人が「カスタマーハラスメントを一切容認しない」「従業員の安全と尊厳を最優先で守る」という明確なコミットメントを基本方針として内外に表明することが極めて重要です。
 この方針に基づき、自らが想定されるハラスメントの定義、禁止行為の具体例(暴言、脅迫、不当な金銭要求、不合理な長時間の拘束、土下座等の強要、性的な言動、SNS等における誹謗中傷等)を職員に分かりやすく示します。さらに、発生時の報告・相談ルート、初期対応、エス

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