創業者の信念を継ぐ「研究者第一」の理念
“シンプルさ”で貫く栢森情報科学振興財団の支援
栢森情報科学振興財団
理事長 栢森雅勝
情報科学分野の研究者支援を目的に、1996年に設立された公益財団法人。ダイコク電機㈱の株式配当を財源とし、研究者を助ける研究助成や様々な分野の研究者が集うKフォーラムを実施。研究者自身が運営の中心を担い、シンプルかつ強固な組織体制を築いている。
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Ⅰ はじめに
社会情勢が変化し、人々の価値観のアップデートが加速する中で、「公益」に求められる役割もまた、変わり続けている。そうした変化を受け、多くの公益法人は自らの活動の方向性や組織運営に悩みを抱えているのではないだろうか。他の法人の活動や組織運営の事例を参考にしようにも、その具体的な手法や哲学に触れる機会は限られているのが現状である。
本稿では、情報科学の分野で30年にわたり研究者支援を続ける、公益財団法人栢森情報科学振興財団の栢森雅勝理事長に話を伺った。設立から理念をぶらさず、研究者からの厚い信頼を基盤に、シンプルかつ強固な運営を続けてきた同財団。その取組みと思想を紐解き、これからの公益法人のあり方を探っていく。
Ⅱ 創業者の信念が導いた設立経緯
───まずは、財団設立の経緯から詳しくお聞かせいただけますか?
栢森 当財団のルーツは、母体であるダイコク電機(株)の創業者、栢森新治の人生哲学にあります。彼は10代の頃に「25歳で会社を興して大きくし、40歳から社会に貢献する」という人生計画を立て、それを信念として事業に邁進しました。そして、その信念を実現する形で、社会貢献を具体化するステージへと移行したのです。
その大きな転機となったのが、日本の人工知能研究の第一人者であり、初代人工知能学会会長も務められた福村晃夫先生(名古屋大学名誉教授・故人)とのご縁でした。この出会いをきっかけに、まずは1993年ダイコク電機主催で「人工知能」をテーマにした「第一回DKフォーラム」を開催しました。
このフォーラムの成功が、情報科学の分野で研究者を恒久的に支援していくという財団設立の構想へとつながり、1996年に初の情報科学研究助成の財団法人として文部大臣の認定を受け、2008年に施行された新しい公益法人制度にあたり、2010年6月に内閣府より公益財団法人の認定を受けるに至りました。
後援する「ロボカップジュニア・ジャパンオープン2025名古屋大会」会場で、若き挑戦者たちを笑顔で見守る栢森理事長
───設立母体であるダイコク電機とは、現在どのような関係なのでしょうか?
栢森 ダイコク電機は営利を追求する企業であり、財団は純粋な社会貢献を目的としていますので、運営上の関わりは基本的にありません。財団の活動は、設立時に寄付されたダイコク電機の株式配当を主な財源としており、その意思決定は、北海道から九州まで全国の大学教授らで構成される理事会・評議員会によって独立して行われます。研究助成先の選定といった事業の根幹に関わる判断も、全て研究者である役員の先生方によってなされます。
ただ、組織運営面でのサポートは存在します。常勤職員は1名で、ダイコク電機の社員が兼務している形です。そのため、法務や経理といった専門知識が必要な場面や、人手が足りない時には、ダイコク電機の専門部署がバックアップしてくれる体制があります。あくまで事務局が必要とすることを、ダイコク電機が縁の下で支える。この協力体制があるからこそ、最小限の職員数でも円滑な運営が成り立っているのです。
Ⅲ 研究者による、研究者のための事業
───財団の事業の柱について、具体的にお聞かせください。
栢森 私たちの目的は、ただ1つ「研究者を支援すること」です。その最も特徴的な事業が、使途を問わない研究助成です。大学や国から支給される研究費は、ご存知の通り厳格に管理されており、研究に必要不可欠であっても経費として認められない費用が数多く存在します。
フォーラムは、さまざまな分野の研究者に集まっていただく交流の場
例えば、本格的な研究に入る前の予備調査にかかる交通費や、実験を手伝ってくれる学生への謝礼、大人数のスタッフのお弁当代などです。これらが研究者の自腹になってしまうと、経済的な負担が足かせとなり、自由な発想や挑戦が妨げられかねません。
私たちは、研究者が研究そのものに集中できる環境を整えたいのです。もちろん私的な流用を認めるわけではありませんが、そこは研究者の皆さんとの信頼関係に基づいています。財団のルールや運用方針は、全て役員である研究者の先生方が「研究者の目線」で決めています。だからこそ、現場のニーズに即した本当に役立つ支援ができるのだと自負しています。
もう1つの柱が、Kフォーラムの開催です。これは特定の研究テーマを深掘りする学会とは異なり、あえて大まかなテーマを掲げ、さまざまな分野の研究者に集まっていただく交流の場です。福村先生がつねづね仰っていたように、当初の人工知能研究は特定の分野に閉じることなく、多様なバックグラウンドを持つ人たちの交流の中から、全く新しい、未開拓な挑戦が生まれていました。
その精神を受け継ぎ、普段は交わることのない研究者同士が出会う「きっかけ」を創出したいのです。「このフォーラムがきっかけで、新しい共同研究が始まった」という声を頂くのが、私たちにとって何よりの喜びですね。
人工知能の研究は、もはや情報科学だけの領域ではありません。今後は技術の社会実装が重要となり、社会学や経済学、法学といった人文社会科学系の知見との融合が不可欠です。そうした学術的な議論を促進する場を提供することが、財団の今重要な役割だと考えています。
Ⅳ 「シンプルさ」が支える 健全な組織運営
───研究者主体の運営とのことですが、ガバナンスや内部統制はどのように機能しているのでしょうか?
栢森 まず大前提として、母体であるダイコク電機が、上場企業として非常に高いコンプライアンス意識を持つ企業であることが挙げられます。創業者が不正を徹底して嫌うという文化が社内に深く根付いています。「悪いことをしたら罰する」のではなく、日常的な議論を通じて個人の意識を醸成していくアプローチをとっています。財団もその文化を色濃く受け継いでいます。
それに加え、当財団特有の「事業内容の極端なシンプルさ」が、結果的に強固なガバナンスとして機能しています。私たちのお金の流れは、「ダイコク電機の株式配当が入り、それを助成金として出す」という、ただそれだけです。不動産や有価証券で資産運用することもありませんし、外部から寄付を募ることもありません。
不正が起こりやすいのは、お金の流れが複雑になったり、人間の裁量が大きく介在したりするところです。当財団は、そのリスクが構造的に極めて低いのです。意図的にそうしているわけですが、通帳を見れば資産の99%が把握できるほど明快で、ごまかしようがありません。数字が合わなくて、それをどうにか数字合わせすることが不正のきっかけ、というものもありますが、そのリスクがほとんどありません。
───理事会は、どのような雰囲気で運営されているのですか?
栢森 一般的な企業の株主総会のように、事務局が周到に準備した議案を承認するだけの場ではありません。むしろ、理事・監事・評議員・選考委員の先生方から「こういう企画をやってみてはどうか」「財団として今、こういうメッセージを発信するべきではないか」といった提案が活発に出され、そこから財団の方向性が決まっていきます。2024年1月に開催したAIシンポジウムも、ある評議員の先生からの「このタイミングでやるべきだ」という強い問題提起がきっかけでした。研究者同士の「師匠と弟子」のような縦横のつながりもあり、それぞれが離れた地域におられても、共通の土台の上で白熱した議論が自然と生まれる。役員・委員など財団に関わってくださっている先生方が主役の法人だと言えますね。
広報誌『K通信』には研究助成や活動報告、シンポジウムの開催情報などを掲載
Ⅴ これからの展望と変わらぬ使命
───広報活動については、今後どのようにお考えですか?
栢森 財団にとって広報は生命線です。いくら素晴らしい助成制度を用意しても、それを本当に必要としている研究者に情報が届かなければ意味がありません。現在は各大学にご協力いただきながら募集要項を周知していますが、より積極的に情報を発信していく必要があると感じています。
そこで、財団設立30周年という節目を機に、Webサイトを全面的に刷新する計画を進めています。単にデザインを新しくするだけでなく、過去30年間の助成実績を全てデータベース化し、これから応募を考えている研究者が「過去にどんな研究が採択されているのか」を簡単に検索できるようにしたいと考えています。それが、新たな研究へのヒントにもつながれば嬉しいですね。
───最後に、今後の活動方針についてお聞かせください。
栢森 私たちの根幹にあるのは、これからも「継続」していくことです。情報科学の分野を中心に、研究者を支え続ける。この設立以来の芯の部分は、決してぶれることはありません。その上で、周年という節目には、時代を捉えた周年事業を企画しています。過去には、まだ世の中に普及していなかった光通信によるインターネットのデモンストレーションや、AIが注目され始めた頃にはAIによる囲碁の対局など、その時代ごとの最先端のテーマを扱ってきました。周年事業では研究者の方たちの新たな「きっかけづくり」となるような、示唆に富んだ情報発信をしていきたいですね。
社会のニーズに応えるという意味では、公益法人も企業も同じゴールを目指していると、私は考えています。利益を追求しないからといって、非効率な運営で良いわけではありません。むしろ、社会の公器であるからこそ、健全で効率的な運営が求められます。当財団は極端にシンプルなのかもしれませんが、だからこそ30年間、理念に沿って、ぶれずに運営してこられたのだと確信しています。法人の活動が若い研究者たちの未来を照らす一助となれば、これほど嬉しいことはありません。
【図表:30周年を迎える栢森情報科学振興財団の事業内容・活動実績】
Ⅵ おわりに
安定した財政基盤を持つ法人は、ともすれば事業を多角化し、活動の場を広げようとしがちである。しかし、栢森情報科学振興財団は設立当初の理念を一貫して守り抜き、その活動をさらに研ぎ澄ませてきた。
支援対象者に最も近い立場にある研究者自らが運営の中心を担うことから生まれる、信頼感。さらに、不正や恣意性が入り込む余地を構造的に排除した徹底的な「シンプルさ」。2008年の公益法人制度施行にあたり、2010年6月22日という極めて早い段階で公益法人の認定を受けたことは、「シンプルであること」が公益法人としての欠格事由にはならないことの証左でもあろう。もちろん、同財団のようなやり方をそのまま実現できる法人ばかりではない。ただし、時代のニーズに応じて進化し続けるしなやかさを持ちながらも、決してぶれない軸を持つことが重要である。
同財団の哲学と実践は、多くの公益法人が自らの存在意義を問い直し、未来へ歩みを進めるための羅針盤として、大きな示唆を与えてくれるに違いない。
非営利組織ジャーナリスト。各紙誌で社会問題を中心に執筆。その他、書籍の執筆や企業・学校での講演など活動の幅を広げている。著書に『いま考えるニッポンの電力問題』(自由国民社)他。
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